肥土山農村歌舞伎奉納 5月3日 15時30分〜20時

> 肥土山ってどんなとこ

肥土山農村歌舞伎
小豆島の農村歌舞伎の始まりは、正確な資料がほとんどなく起源を限定することはできませんが、今から340〜350年前に始まったと推測
されています。
お伊勢まいりに出かけた人々が、船待ちの時間を利用して上方歌舞伎を見に行ったことがきっかけです。
その頃の肥土山は毎年のように水不足。農家の苦しみを救おうと、庄屋 太田典徳は自費を投じて蛙子池築造に取り組みます。
3年間もの時を経てようやく完成にこぎつけた貞享3年(1686年)、池から肥土山まで水が流れてきたのを喜んだ村人たちは、肥土山離宮
八幡神社の境内に仮小屋を建て、芝居をしました。
以来、小豆島の農村歌舞伎は、幕末、明治にかけて最も盛大に行われ、戦争などの混乱期にも絶えることなく伝承されてきました。
農村歌舞伎の醍醐味は、何といっても舞台と観客が1つになれること。演じるものも、見るものも、互いをよく知る親しき仲。
その地域ならではの野次が飛び交い、笑いが広がり、会場全体がどんどん熱く盛り上がっていきます。
娯楽のなかった時代、農村歌舞伎の楽しさは、いったいどれほどのものだったのでしょう。
段々になった客席は、今も昔と変わらぬ青天井の芝生にムシロ敷き。悠久の昔に思いを馳せながら歌舞伎見物といきましょう。

肥土山農村歌舞伎
↑最盛期には、島全体で舞台が30余、掛け小屋が146、役者の数が
600〜700人もいたそうです。
↓真上から見ると正方形の、出前に使う岡持のような形のわりご
の中には、台形型のお弁当箱が1段に4個ずつ入っています。
わりご弁当を食べながらお酒を酌み交わすのが、歌舞伎見物の
醍醐味です。
肥土山農村歌舞伎

年に一度、青空の広がる秋の日に、地域のおばちゃんたちが集まって、歌舞伎衣装の虫干し作業を行います。
早朝から竹を組み、ロープをかけて作ったもの干し場には、蔵の中にしまっていた約500点の袴や襦袢、帯などが出され、1つ1つ丁寧に干されていきます。境内は、見る見る見事な錦絵巻に!
太陽の光を十二分に浴びさせ2時間ほど干したら、衣装を裏返し、
反対側にも風を通します。おばちゃんたちは手際よくひっくり返していますが、歌舞伎の衣装って綿が入ってたり、刺繍が入ってたりして、
ほんっと重いです。
みんなで力を合わせて、1枚1枚、衣装をひっくり返していきます。
肥土山農村歌舞伎

肥土山農村歌舞伎
300年以上も続く肥土山農村歌舞伎。
これらの衣装は、その歴史の中で1つ1つ増えてきた貴重な財産です。秋の日の1日、地域の人たちが力を合わせ、美しくも重労働なこの作業を行うことで、太陽の光と秋の風が衣装の中にこもる湿気や匂いを吹き飛ばし、洗うことのできない衣装や小物類の命を大切に守ってくれるのです。 半年後の5月3日。これらの衣装をまとい、農村歌舞伎が華々しく肥土山離宮八幡神社に奉納されます。